看護師というお仕事

訳があって,ある病院の精神科病棟で身体を拘束されていた時期がありました。本人が暴れる可能性や,自信を傷つける行為を行う可能性が高いと判断されたためだと思います。

私の場合は,体幹を固定するベルト状のものを腰に巻かれ,手首を手すりに固定されていました。幸い,足の方は自由でした。
この状態はまともに寝返りを打てないのできつい。腰も痛い。
ベルトのわずかな隙間の中で体をよじって体勢を変え,床ずれを防ぐ必要がありました。

食事の時のみ,手首の拘束が解かれ,箸を自分の手で持って食べることができました。この食事の一時が非常に楽しみになっていました。

腰の拘束具は外せないので,トイレは尿をカテーテル,大便をオムツで過ごす日々が続きました。自分で排泄行為ができないのは,相当なストレスだと,このときはじめて感じました。

あるときから,医師の指示なのか,看護師の配慮なのか,拘束具の締め付けが,若干緩くなったような気がしました。たいへんありがたい。体の可動範囲が大きく広がりました。

ナースコールを押し,排泄の世話をお願いしたとき,若い男性看護師が現れて「日々の尿量を測っているから,カテーテルはまだ抜けないけど,たまにはトイレに行きましょう」と言ってくれました。非常に嬉しかったのを覚えています。

排泄行為の介助は,患者の側からは少し抵抗もあり,恥ずかしい。
この若い看護師は,そんな私の心理を汲んで,わざわざトイレに連れて行ってくれたのです。

拘束具の鍵は,どうやら磁石を使用した特殊なものらしく,看護師にはずしていただき,カテーテルにつながった尿器を持ちながら,自分の足で久しぶりに立ち上がり,トイレを済ませました。

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(画像はイメージです。)

「看護婦」という職業が「看護師」に改められて久しいと思います。
精神科病棟では男性の看護師をたくさんみかけました。
患者が暴れたときなどに備えてでしょうか…。
本当のところはよくわかりませんが,病棟で接してくれた看護師の多くが男性でした。

排泄時に配慮いただいた看護師のほかに,何人かと話をする機会がありました。
折しも,夏の高校野球の県大会予選中で,弟が高校球児で,試合のことが気がかりだという看護師がいました。この看護師は,風呂に入れない私を気遣って,私の体をタオルで丁寧に拭いてくれました。

ある中年の看護師は,長年勤務した給食サービス会社を辞職し,父親の介護のために帰郷したそうです。地元の看護学校をたいへんな苦労の末に出て,この病院で勤務しているらしい。

介助を伴うたいへんな労働を担う看護職。医療機器の取扱いや,患者の状態の変化にも細心の注意を払っているに違いありません。看護師一人ひとりが,いろんな人生を抱えながら,日々たいへんな業務に従事しているのだと感じました。


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