パラレルワールドと私の人生

「機会費用」と呼ばれるものがあることを知りました。
経済学で用いられる用語で,最善の行動を含む複数の選択肢があったとして,あるひとつの行動を選択したときに,最大利益を生む行動とその行動の差を貨幣換算したものだそうです。
とすれば,私の人生は,機械費用を常に失いながら送ってきたのだろうと思います。

日々生きていく中で私たちは様々な「選択」を強いられています。
日常の何気ない仕草から,進学・就職・結婚・出産などの大きなライフイベントまで。

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(画像はイメージです。)

10代の学生時代には思いもしませんでしたが,社会人になって初めて「挫折」というものを経験しました。いや,経験豊かな方々にしてみれば,それは挫折ではなく,ちょっとした「つまずき」程度のものだと言われるかもしれませんが。

「ああ,失敗した」と確かにそのとき思ったのです。
仕事で失敗した。人間関係の中でうまく立ち回れなかった。
その結果,精神疾患を発症し,はじめて勤めた会社を退職するか否かの判断を迫られました。

会社側の好意に甘え,何がなんでもすがりついて生きていくという選択肢もあったかもしれませんが,結局退職を選びました。
「新卒で入った会社で,なんてもったいない」とか「まだ若いのだから別の道がある」とか,いろいろ言われそうです。

その後は職場を転々とすることになりますが,やはりうまくいきません。
イイワケがましいことが頭に浮かびます。
「大学であの分野を専攻しなけレバ」「あの会社に応募しなけレバ」「あの人とうまくやれていタラ」「あのとき,もっと我慢していタラ」
「…タラ」「…レバ」。多分,キリがありません。

「あれもこれも」ではなく,「あれかこれか」選び取ってきた結果が今の私自身の姿で,人格とか自我とか価値観と呼ばれるものなのでしょう。

30代を迎え,あいかわらず仕事も私生活もうまくいっていませんが,20代のときのように,過去の選択に対して「後悔」をしなくなりました。
一種のあきらめというか,なんだか角が取れて丸くなった感じです。

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(画像はイメージです。)

ストレス耐性が極端に弱い私は,どんなパラレルワールドを選んだとしても(それが存在したとして),結局行き着く先は同じかもしれません。
「精神疾患を抱えなけレバ…」さすがに,これはないな,と。


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