人それぞれの症状というもの

精神科専門病院に入院して,様々な症状の方々と出会いました。
ある日,気になる症状の方がいて,医師に尋ねてみたところ,「全て,その人の症状の一部だと思ってみてください」と言われたことがあります。その人その人それぞれに個別の症状があり,「うつ病」とか「統合失調症」とかの病名でその人に変なレッテルを貼らず,その人の仕草・行動はその人の症状そのものなのだとして受け止めてあげるようにとのことでした。

大きな声で,看護師に罵詈雑言をぶつける人も,何かを叩いて大きな音を立てる困った人も,本人には悪意はないのです。

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(画像はイメージです。)

実際,病棟にはいろいろな患者さんがいました。例を挙げれば,
・病室やろうかを絶えず歩き回り,スリッパの音をパタパタさせて落ち着かない患者
・水をがぶ飲みしては,トイレに何度も入り,水を吐き戻すことを繰り返す患者
・衣服が盗まれたと主張し,看護師の名前を連呼する患者
・「おやつ」の時間のアナウンスがなかったと主張し,看護師に抗議する患者
・自室以外の部屋に侵入し,他の患者の持ち物を自分のものだと主張し,あれこれ持ち出す患者
・幻聴がきこえるらしく,耳に詰め物をしている患者
・食事の際の定位置に他の患者が座っているのを見て,パニックに陥る患者

本当に様々な症状の患者に出会った。このような個別の症状・行為が,精神疾患に関する教科書的な書物に事細かに書かれているかどうかは存じ上げません。
もっと一般化されて,思い込み・被害妄想・虚言癖・多動性・不安障害・物忘れ・躁鬱状態などの言葉で説明されるのかもしれません。

精神疾患の症状は本当に多様で,患者に接することのむずかしさを実感しました。


看護師というお仕事

訳があって,ある病院の精神科病棟で身体を拘束されていた時期がありました。本人が暴れる可能性や,自信を傷つける行為を行う可能性が高いと判断されたためだと思います。

私の場合は,体幹を固定するベルト状のものを腰に巻かれ,手首を手すりに固定されていました。幸い,足の方は自由でした。
この状態はまともに寝返りを打てないのできつい。腰も痛い。
ベルトのわずかな隙間の中で体をよじって体勢を変え,床ずれを防ぐ必要がありました。

食事の時のみ,手首の拘束が解かれ,箸を自分の手で持って食べることができました。この食事の一時が非常に楽しみになっていました。

腰の拘束具は外せないので,トイレは尿をカテーテル,大便をオムツで過ごす日々が続きました。自分で排泄行為ができないのは,相当なストレスだと,このときはじめて感じました。

あるときから,医師の指示なのか,看護師の配慮なのか,拘束具の締め付けが,若干緩くなったような気がしました。たいへんありがたい。体の可動範囲が大きく広がりました。

ナースコールを押し,排泄の世話をお願いしたとき,若い男性看護師が現れて「日々の尿量を測っているから,カテーテルはまだ抜けないけど,たまにはトイレに行きましょう」と言ってくれました。非常に嬉しかったのを覚えています。

排泄行為の介助は,患者の側からは少し抵抗もあり,恥ずかしい。
この若い看護師は,そんな私の心理を汲んで,わざわざトイレに連れて行ってくれたのです。

拘束具の鍵は,どうやら磁石を使用した特殊なものらしく,看護師にはずしていただき,カテーテルにつながった尿器を持ちながら,自分の足で久しぶりに立ち上がり,トイレを済ませました。

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(画像はイメージです。)

「看護婦」という職業が「看護師」に改められて久しいと思います。
精神科病棟では男性の看護師をたくさんみかけました。
患者が暴れたときなどに備えてでしょうか…。
本当のところはよくわかりませんが,病棟で接してくれた看護師の多くが男性でした。

排泄時に配慮いただいた看護師のほかに,何人かと話をする機会がありました。
折しも,夏の高校野球の県大会予選中で,弟が高校球児で,試合のことが気がかりだという看護師がいました。この看護師は,風呂に入れない私を気遣って,私の体をタオルで丁寧に拭いてくれました。

ある中年の看護師は,長年勤務した給食サービス会社を辞職し,父親の介護のために帰郷したそうです。地元の看護学校をたいへんな苦労の末に出て,この病院で勤務しているらしい。

介助を伴うたいへんな労働を担う看護職。医療機器の取扱いや,患者の状態の変化にも細心の注意を払っているに違いありません。看護師一人ひとりが,いろんな人生を抱えながら,日々たいへんな業務に従事しているのだと感じました。

臨床心理士との出会い~カウンセリングと心理検査

はじめに就職した会社を退職してからも,いくつかの事業所に通ったが,うまくいきませんでした。
仕事の負荷に耐えられないこともありましたが,どちらかというと,人間関係の要素が大きかったように思います。

普通の人が,普通の職場で,日々ストレスに耐えながら,業務をこなしている。
自分は何でそれができないんだろう?

もちろん,私のストレス耐性が低いことは原因のひとつです。
ですが,もしかすると,一度精神的にバランスを崩した体験が,未だに尾を引いているのかもしれない。
そう考えるようになり,医療施設に通うようになりました。

医師の診断結果は「うつ病」。
どうやら精神に異常を来しているのは間違いないようでした。

転勤・転職に合わせて,何度か精神病院やクリニックを替わりましたが,あるクリニックで集中的に「カウンセリング」というものを受ける機会がありました。
自分を見つめ直すきっかけにどうだろうかと医師に勧められたのです。

臨床心理士との初めての出会いでした。
私を担当してくれた臨床心理士は若い男性で,おだやかそうな方でした。

「臨床心理士」は心のケアをするスペシャリストで,心理学の知識や技術を用いて心の問題を解決に導こうと努めます。
ちょっと古いですが,手もとの「資格の取り方・選び方 全ガイド」を参照すると,臨床心理士の試験は,文部科学省の認可する財団法人が実施する難しい試験のようです。少なくとも,指定大学院を修了していることが受験要件で,試験内容は選択式の筆記,小論文,口述面接試験などで非常に敷居が高い。
とすれば,目の前で穏やかに話しかけてくれる「臨床心理士」は,私にとっては「先生」のような存在です。

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(画像はイメージです。)

臨床心理士とのカウンセリングは複数回に及びました。
はじめは生活上の困難なことに焦点が当てられましたが,次第にカウンセリングの内容は,私の生い立ちに及びました。
仕事の経歴・内容,学校生活のこと,幼少時の体験など。
どうやら,現在罹患している精神疾患の病状以外にも,患者の性格・気質なども重要な情報のようです。

とりわけ,幼少時から学生時代のことを訊かれることが多かったため,正直に「ほかの子とはちょっと違う,変わった子」であったことを話しました。
興味・関心の大部分が,友達関係・テレビ・ゲームなどではなく,「自然」でした。
学生時代に大きな困難を感じたことはないけれど,友達との付き合いはそこそこに,やや内向的であったことなども伝えました。

いくつかの「心理検査」というものも受けましたが,大部分は失念しました。
そのなかで,かろうじて記憶に残っているのが「ロールシャッハテスト」というものです。
これはかなり有名なテストらしく,ボードに描かれた左右対称に「滲んだ」ような絵柄を見せられ,何に見えるか,どこの部分が,それはなぜかなどが問われます。

この絵柄が見方や時間の経過とともに,いろんなものに見えるのです。
このような「心理検査」の結果を臨床心理士の方がどのように処理したのかは不明です。
検査には素直に回答しましたので,私の性格・傾向はかなり精度よく掴んでいただけたと思います。

臨床心理士との面談を幾度か重ねて,心理士や医師から指摘されたのは,私の興味・関心の幅が極端に狭いことでした。そして,そのことは,学生時代の勉学ではプラスに働いたのですが,就職して,マルチタスクを要求されるようになると,それについていけなくなること,他人とのコミュニケーションに支障を生じる可能性が高いことなどの解説がありました。

成人して,就職してからなぜかうまくいかない。
この原因の一端が分かったような気がします。
臨床心理士の先生と重ねた面談は新たな「気付き」を与えてくれました。